高橋優を振り返る|2009〜2012年

高橋優を振り返るリスナー向け
高橋優になりすますことができる2ndアルバム『この声』

こんにちは。HORNnet編集部です。

今日は今思ったことを今唄う、リアルタイムシンガーソングライター:高橋優について書きます。

高橋優は2020年6月30日付で12年間所属した芸能事務所:アミューズとの専属契約を満了しました。

「メジャーデビュー10周年を迎える2020年7月より自分の原点に戻りつつ、新たなステージに立ちたい」という決意から、個人事務所を設立する形となったようです。

今日はそんな決意をした高橋優がインディーズ時代からアミューズ卒業までにどんな曲を唄っていたのか、振り返っていければと思います。

以前、高橋 優自伝から彼の大学時代をピックアップして書きました。今回もこの自伝で読んだ内容を思い出しながら書いていこうかなと思います。

2009年|黒縁メガネ現る

アミューズに所属が決まり上京してから1年後の2009年5月、タワーレコードと音楽処(札幌のCDショップ)限定でシングル『こどものうた』をリリースします。

こどものうた

この曲はセクハラ先生や暴力ママというニュースでたびたび報道されている「おとな」に対しメスを入れ、「こども」たちには生まれて良かったと笑える日まで生きてほしいと強く願う歌で、彼自身、今でも唄うたびに怒りがこみ上げてくると語っています。

また、この頃の高橋優はライブを含め仕事時はコンタクトレンズ・プライベートは黒縁メガネと使い分けており、それを見たクリエイティブディレクター箭内道彦さんが「メガネをかけているプライベートの高橋優がいい」ということで、高橋優=黒縁メガネという構図が生まれました。

「自撮りでいいから顔写真を送って」と言われ、出先で撮った写真がそのまま『こどものうた』のジャケットに採用されたのだとか。

その後、7月に初の全国流通盤『僕らの平成ロックンロール』をリリースします。

駱駝

“大人はバカだから” “常識なんてクソだから” “世間体なんてカスだから” と世の中の理不尽さを唄っています。若者たちに殻を破れとエールを送っているようにも聞こえます。

僕らの平成ロックンロール』に収録されている曲は怒りや悲しみを過激な表現で感情的に唄っている曲が多くを占めています。
歌詞は見て感じてほしいので書きません。今の高橋優とはまた違った一面が見れるので気になった方はぜひ聴いてみてください。

2010年|一変する生活

2010年1月、高橋優はとあるラジオ番組で「今日の番組を振り返って曲を作れ」という無茶振りにより、わずか1時間弱で「福笑い」という曲を作ります。

福笑い

この曲は同年4月、メジャーデビュー前に東京メトロCMソングとして大抜擢されました。
また、2011年3月11日に起こった東日本大震災後「この曲がかかると安心する」「笑顔でいることの大切さがこの曲を通じて思い出した」といった声により、全国各地のラジオ局でリクエストが激増しました。

あなたが笑っていたら 僕も笑いたくなる

きっとこの世界の共通言語は 英語じゃなくて笑顔だと思う

当時、この曲が流れた瞬間だけでもこの歌詞のように笑顔となった方も多いのではないでしょうか。

そして7月、27歳でメジャーデビューシングル『素晴らしき日常』をリリースします。

素晴らしき日常

この曲は世の中に対し憤りを感じながらも世界の美しさや素晴らしさを語る歌で、わたしが高橋優を知ったキッカケとなる曲でもあります。

失望することばかりさ 希望を持って生きていれば
でも通じ合っているような気がする この一瞬を
愛して ただ愛して 生きてゆけるのなら
きっと明日は素晴らしい

決して怒りをぶつけてくるわけでなく、手を差し伸べてくれているようなこの詩に幾度となく救われました。

11月には2ndシングル『ほんとのきもち』で初のドラマ主題歌を担当します。

この頃の高橋優は月1〜2本ライブを行いながら自分のいろんな想いを曲にする生活からメジャーデビューが決まってからはキャンペーン活動など行うべく全国各地駆け回る生活に変わり、慣れない日々に疲れが出ていました。
そんな状態でドラマ主題歌を書き下ろすことになり、3ヶ月悩んだ末に曲ができたものの、その後30分でできた「ほんとのきもち」が選ばれます。その頃に疲れがピークに達し、入院することになったようで当時を振り返ると恥ずかしいと語っています。

2011年|悲喜こもごも

2011年2月に3rdシングル『福笑い / 現実という名の怪物と戦う者たち』をリリース。
また、福笑いの歌詞の一部をニューヨークタイムズ紙に意見広告を掲載したり、ニューヨークの街中で唄います。

ニューヨークで路上ライブ

画像:BARKS 記事より

日本語がわからない人たちの前で、歌でどれだけ彼らを笑顔にできるかを路上ライブでチャレンジ。「福笑い」で手拍子が湧き上がり、笑顔も見ることができました。

そして4月に1stアルバム『リアルタイム・シンガーソングライター』をリリースし、オリコンウィークリーチャート初登場8位を記録します。

少年であれ

この曲は頑張れといったありきたりな応援ソングではなく、傷ついたり苦しんだりしたことがある人だからこそ作れた歌。

心を休めることすら 許してもらえなかったんだな
もう少し遊べ 抜くとこは抜いていけ 楽しいことだけを選べ

抱えきれない痛みは 抱えなくて別にいい
無理に苦しむ必要がどこにある? 誰しも気ままで元々

抱え込まなくていいよ、とそっと寄り添ってくれます。学生さんとかより染みるんじゃないでしょうか。

その後、5月から7月まで初の全国ライブツアーを行い、6月に4thシングル『誰がために鐘は鳴る』を、10月に5thシングル『誰もいない台所』をリリースします。

牛乳|高橋乳

この曲は『誰がために鐘は鳴る』に収録されている曲で、牛乳にちなんで高橋”優(ゆう)”ではなく高橋”乳(にゅう)”と名乗っています。

一日一日必死をこいて生きてる
世知辛い人や物にぶつかる日もある
代わりに生きてくれる人なんてどこにも見当たらないので
尚も僕らは明日へ向かう

牛乳を通じて初恋を思い出す少年を描いた歌なんですが、切なさがたまりません。

この頃の高橋優は”世界の共通言語は英語じゃなくて笑顔”と身をもって実感できる喜びと大震災に対する悲しみ両方を味わい、自分に関わってくれている人たちが健康で幸せであればいい、でも願うだけでなく守るために自分がやれることはなにか、と模索していた時期だったと語っています。

2012年|もがき苦しみの末

2012年1月には6thシングル『卒業』をリリースします。

卒業

この曲は2011年4月、震災直後に出演したラジオ番組で「今のあなたの現状における”ほんとのきもち”」を募集したところ、多くの10代リスナーから生の声が寄せられ、番組サイドから曲にしてほしいと依頼されたことをキッカケに同年6月に「無題」として初披露。その後歌詞を一部書きかえ、この形となりました。

巡り合えてよかった あなたと出会えてよかった
どんなに堪え難い今日という日でも 幸せと呼べるよ
あなたとまたいつか 笑い合えたらいいな
どんな昨日さえもあってよかったと讃え合おう 呆れるほど

学校を卒業する歌ではなく、様々な状況や過去からの卒業を唄っています。

そして3月に2ndアルバム『この声』をリリースし、8月に7thシングル『陽はまた昇る』をリリースし、10月〜12月に全国ツアーを行います。
そして12月にはミニアルバム『僕らの平成ロックンロール②』をリリースします。

ボーリング

面倒臭ぇ!と思いのままを歌っています。

この頃の高橋優は2ndアルバム『この声』はタイアップや期日などを意識しながら制作した結果求められたものしか作れずといった状況。対して『僕らの平成ロックンロール②』は悩んでいるところも形にしようと思いのままに曲を作り制作へ、その悩んでいる姿を表現すべくビジュアルも大きく変えました。
もがき苦しみをも形にしようと自身の方向性が定まり始めました。

4年間で伝えてくれたこと

ここから3rdアルバムのリリースや武道館公演などを経て更に進化を遂げた高橋優が見れるわけなんですが、今回はここまで。

振り返ると2009〜2012年までの高橋優が作った楽曲の振り幅がすごい。

こどものうたでは世の中に対する怒りを唄い、福笑いではいつも笑えていますようにと語りかけてくれ、卒業では10代の感じているものを卒業に乗せどんな苦悩さえもあってよかったと讃え合える日が来ればと唄い、ボーリングでは面倒臭いことをただただ代弁して唄ったり…とまさに今思ったことを今唄ってくれています。

ライブで聴くとより刺さります。

これは『高橋優LIVE TOUR~この声って誰?高橋優じゃなぁい?2012 at 渋谷公会堂2012.7.1』の映像です。ちなみにこのツアータイトルはこういう内容を話している人を見て付けたらしいです。

ではまた次回お会いしましょう。

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