King Gnu【どろん】長文解説|なんて贅沢な曲なんだろう

【どろん】長文解説|King Gnuの曲はなんて贅沢なんだろうリスナー向け

どうも、ヤスイです。
最近読書にハマっていて、Amazonで大人買いをした結果、読むのが大変すぎて疲れ果てています。いや、もっと音楽やれよと自分でも思うんですが本も読み出すと止まらない。

まあそれはどうでもよくて、今日もKing Gnuです。僕が書いたKing Gnuの記事をみんなが褒めてくれるのでまたKing Gnuです。

いやあありがたい。こういうのが嬉しいからまたKing Gnuについて書いてしまう。本当はKemperとか、自分のバンドの活動についてとか、いろいろ書きたいこともあるんですけどね。

ということで、今日は「どろん」「Teenager Forever」を聴いてみたいと思います。
両方ともCEREMONYに収録された曲です。CEREMONYはCD聴くというより、一緒についてる「Sympa」のリリースツアー公演映像ばっかりみてますが、「どろん」「Teenager Forever」はどちらもかなり刺激的な曲。

どろん|全部サビ。超贅沢なフルコース

さてまずは「どろん」
この曲、King Gnuじゃなきゃ創れないそういう曲。あくまで僕の意見ですが、King GnuをKing Gnuたらしめるのは、個々人の圧倒的な音楽力。常田さん、新井さん、井口は音楽関係の大学で、音楽を専門的に学んでいる。勢喜さんは両親がプロミュージシャン。
全員がこのレベルでプロフェッショナルなバンドってなかなかないです。一人一人が十分ソロ活動できる力を持っていて、そんな4人が集まっているから、King Gnuはすごい。
この曲なんて、聴けば一発でわかりますけど、全部サビ。普通のバンドの5曲分くらいのエッセンスが1曲にまとまってる。3分少々の曲ですが、この曲を聴くと時間が飛ぶ。気づけば3分経つ。

5曲分のエッセンスとかいいましたけど、この曲の要素は非常にシンプル。サビとAメロ、Bメロ、Cメロだけ。曲に表情をつけるために有効ないわゆるリフとかギターソロとかそういうのはない。

構成を単純化するとこんな感じ。

King Gnu「どろん」の構成

見ての通りシンプル。「白日」の構成を書き起こすときはかなり苦労したんですが、この曲は簡単。1回聴けば構成を頭で組み立てることができる。でもそんなに単純じゃないんです。
でもボーカル、ベース、ドラムをちゃんと聴いていくと一筋縄では行かないことがわかります。

サビのボーカルは井口がメインで常田さんが下のラインを歌い、16分音符で気持ちがいい。その間、ベースは裏拍中心にゆっくりとしたラインなんですが、なんだこれ。一体何と合わせているのかよくわかりませんが、すごいベースライン。

Aメロに入ると、休符をいい感じに使って16分のメロディでサビのスピード感を残しながら、すぐ8分になります。メロディのテンポが半分になっているんですが、メロディが裏拍から入ったりとかしてるから、不思議とノリ感が落ちない。普通ボーカルメロディが半分になるとノリは落ちるんですけどね。ボーカルが裏拍使ってるのに加え、いいところでスタッカート入れてメロディを支えるベースがいい仕事してる。
あとAメロは井口が超高音を歌ってるんですが、この音域感。世の中にツインボーカルのバンドは数あれど、ここまで活用してるのはKing Gnuくらいしか知らない。

どろんーMVより

常田さんのこの焦燥感。曲のヒリヒリした感じが強く出ている。後で解説するけど、一人で歌ってるシーン、みんなが分身して形を失うシーンなど、歌詞の内容を反映した演出。

BメロもAメロと同じように16分と8分のメロディが使われてるんですが、ここは管楽器が気持ちいい。裏拍にある管楽器が、この曲聴いたときに自然に揺れる体のリズムと完全にマッチする。Aメロ後半は8分でBメロ前半は16分なんで、スピード感が一気に増すんですが、Bメロではベースがわりと長い音符を使っていて、ここでも不思議とノリ感に大きな変化はない。
確かにメロディのテンポは変わってるんですが、メロディの入れ方やリズム隊の働きで曲自体のテンポ感が落ちてない。そういう要素が合わさって、曲が鳴っている3分間が異常に早く感じるんでしょうね。

で、サビに入るとドラムがシンバルを4分音符で愚直に鳴らすから、ボーカルの16分が余計に活きる。ドラムがボーカルに対して後ノリなのも活きてる。Aメロ、Bメロのドラムは8分だから、サビでボーカルがグッと上げてきているのにドラムはグッと落ちている。これが8分のままだったり、ボーカルに合わせて16分の細かい刻みとかしてたらめちゃくちゃダサいんだろうな。

どろんーMV

正直、演出の大半はよくわからない

思ったより拍とか小節とかの話が長くなってきたので、興味ない方飛ばしてくださいね。ちゃんと後で歌詞の解説とかもするので。

続いてまたAメロBメロ、構成的には繰り返しなんですが、ここもまた面白い。もうベースがね。新井さんセンスの塊じゃないですか。1番と2番で同じことするのはつまらない。そりゃあその通りなんですが、1番のノリのエッセンスをちゃんと保ちながら、音数をグッと減らす。でも16分の裏とか使ってノリ感は維持してる。
Bメロも一番ではボーカルを生かすフレーズだったのに、ボーカルにぶつかりにいってる。正直ボーカルにぶつかるベースは嫌いなんですが、1番でしっかり寄り添って2番で突き放すというセンス、こういう作り方もあるのかと目が開かれた気分。5小節目にはドラムもなんかしてきてる。これもボーカルにぶつかってるように聞こえるんですが、不思議と嫌味じゃない。

どろんーMVより

正直、ベーシストという生き物は好きになれない(大体のギタリストは同意してくれると思う)が、新井さんはシンプルにかっこいいしセンスに溢れている。

で、次のサビは置いておいて、この曲がすごい曲ではなくヤバイ曲にしている要素、Cメロです。新井さんこんなハイゲインのベース弾くんですね。彼は最小の音数で曲のノリをコントロールする天才だと思うんですが、この曲はそれに加え音数自体で曲のノリをコントロールしてきています。

ちなみにボーカルメロディもリズム観点で聴くと面白い。僕はあんまり歌わないので詳しくないですけどこの曲めちゃくちゃ難しい。例えばリズムの取り方。この曲のサビ、4分音符のメトロノーム頭に流しても多分いい感じに歌えない。8分でガンガンつっぱしらないと。アクセントも場所が「今日だって傷を舐め合って」という一節の中でも「て」に「め」あるんですが、「て」は4分の表、「め」は4分の裏にインパクトがある。こんなふうにアクセントの場所がめちゃくちゃ複雑。
リズムが難しい上にピッチもサビではアクセントに合わせてグッと上がるし、Aメロでは伸ばしながら揺れるし、この曲ちゃんと歌える人相当すごい。Aメロのボーカルのメロディ、リズム揺れてるけどこれをコントロールしてやってんだからすごいですよね。

話がそれました。Cメロです。ドラムがどうなっているのか聴き込んでいたらよくわからなくなって、ボーカルメロディの話に現実逃避してしまいました。
ただ次のサビに繋がる部分と、ラスサビに繋がる部分にある2拍の遊び。こういうのをちゃんと使えるのがKing Gnuなんでしょうね。僕も似たようなことやろうとよく試しますけど、なんか変になって結局やらないですし。

感想をいうと、僕が思い描くKing Gnuにしては珍しく余裕がなくヒリヒリした曲。歌メロが良すぎる。単純にも聴こえるんですけどね。拍と歌メロが綺麗に噛み合って、後ろからきて小節の頭にインパクトがきたり、前から入って頭にインパクトがきたり。面白い。
もう歌、歌、歌。イントロ、間奏、アウトロとか邪道。この曲は歌を聴けと言わんばかりの構成で、それをちゃんと満たす曲。イントロは曲に引き付けるために、間奏は飽きさせないために、アウトロを曲を印象付けるためにあるものですが、そんなの一切いらない。歌、歌、歌。このヒリヒリした感じ。たまらないですね。

どろんは歌詞もMVも情報過多

どろんーMVより

MVの世界観。他人を蹴落として進み続け、蹴落とした人間に足を引っ張られるかのよう。

はいということで、ようやく歌詞とMVです。多分拍がどうとか聴きたい人ほとんどいないと思うんですけど、一応僕はこの記事書いてKing Gnuのエッセンスを自分のバンドにも取り入れてやろうという気持ちで勉強してるんで、ご了承ください。
まあ正直、だいぶ表面だけしか聴けてない気もするし、一部だけパクってもダサくなる曲なんですけどね。こういう曲をカッコよく聴かせるにはチェスのように理路整然とした論理やテクニックに基づいて詰将棋のように構築していかないといけない。僕はチェスも将棋もできませんが。

どろんは「スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼」という映画の主題歌らしいんですが、僕は映画観てないのでそっちには触れません。曲ができてから映画の主題歌になったのか、映画の主題歌のために曲を作ったのかでだいぶ変わりますが、たぶん「スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼」を観たら少し違う感想になるのかもしれませんね。

いつだって期限付きなんだ
何処までも蚊帳の外なんだ
血走って噛み付いた
味方は何処にいるんだ?

今日だって
傷を舐めあって
面の皮取り繕って
居場所を守ってるんだ
あなたの事を待ってるんだ

「どろん」という言葉には逃亡して行方をくらますこと、退席することという意味があるそうですが、まあ割とラフなニュアンスの言葉ですよね。面倒な飲み会の二次会とかで「今日はどろんしますー」っていったり。
ただこの曲、冒頭からかなり重い。「いつだって期限付きなんだ」「何処までも蚊帳の外なんだ」なんて、かなり切実。前者からは現状に対する虚しさ、後者からは疎外感や孤独感が漂います。
わりと投げやりな歌詞なのに次の一節は「血走って噛み付いた」「味方は何処にいるんだ」っていうのは、虚しさや孤独感に対して諦めているわけではなく、それに対して何か強い衝動的な行動がみて取れる。

続く「傷を舐めあって」「面の皮取り繕って」は、そんな状況でも気丈に振る舞っている感じ。精一杯居場所を守って、あなたのことを待つ。
メロディや音の雰囲気、MVのイメージから抱く通り、かなり焦燥してるというか、切実な印象があります。

白黒で単純に割り切れやしないよ
人はいつだって曖昧な生き物でしょう
僕ら何を大事に握りしめ切れているんだろうか

Bメロの歌詞は「白日」と似たような印象があります。善悪とかいろんな基準があるけれど、簡単には割り切れない。「白日」はこうした感覚を過去と現在、未来という時間軸(縦)で描いているのに対し、「どろん」は善悪など横に対して描いている印象です。
はっきりしない曖昧さに悩み、苦しむ、「僕ら何を大事に握りして切れているんだろうか」と自分に問いかける歌詞。「白日」は、あの時こうしてたらとか、そういう思いに対して曖昧さや不確かさを持ったまま歌っていましたが、そういう印象。

人生にガードレールは無いよな
手元が狂ったらコースアウト
真っ逆さま落ちていったら
すぐにバケモノ扱いだ
其処を退け、其処を退け
今じゃ正義か悪か
それどころじゃないんだ

ああ無情。人生をどう捉えるか。僕は人生何度でもやり直しはきくとおもってるし、死ぬこと以外かすり傷だと思ってる。でもこの歌詞では、ちょっとした間違いとかで全てが台無しになると言っているよう。
人生を道に喩えていることからも、いわゆるみんなが歩む普通の人生みたいな、人生のレールみたいなものを言ってるんでしょうね。そこから外れたらアウト。僕は全く共感しないけど、そういう人生の見方も一つなんだとは思う。
「其処を退け、其処を退け」っていうのは、道を先ゆく人たちに対してでしょうか。人生が一本のレールなら、前にいるやつをどかさないと進めないわけですね。力強さも感じますが、僕はそれ以上にエゴを感じます。別の道があることに気づけず、前にいるやつを蹴落としてしか前に進めない。ちゃんと見れば別の道もあるはずなのに「それどころじゃない」

サビの歌詞は曲の冒頭と同じ。ただBメロのエゴを感じたあとだと、ちょっと違う。「其処を退け、其処を退け」「それどころじゃないんだ」と言っているのと比較すると、サビは少し周りを見ている。人を蹴落として前に進み続けた結果としての言葉にも聴こえます。

散らかった部屋に押し潰されそうだ
人はいつだって臆病な生き物でしょう
締め切った窓は呼吸を
重くしてしまっているんだろうか

「散らかった部屋」というのはメタファーとも考えられますが、より現実的な問題と考えてみたい。深層心理的に、部屋が散らかる人は散らかっている状態に安心するらしいです。綺麗になることでありのままの自分みたいなものが見えてしまうというか、散らかってないとそういう向かい合いたくない物ばかり見えてしまうとか、そういうことらしいです。
そう考えると、「綺麗に片付けたら孤独に気づいてしまって片付けられない人の臆病さ」と「散らかった部屋の圧迫感、大切なものが見えなくなって逆に苦しい」という心理が見えます。

大都会の他愛もない大恋愛
高く飛びたきゃ膝を曲げるんだ
しゃがまなきゃ飛べやしないな
ひとりぼっち 孤独渦巻いた
ここから抜け出さなきゃ
自分を好きになりたいんだ

なんかガラッと変わりましたね。「大都会の他愛もない大恋愛」これは何かのメタファーでしょうか。正直、読み切れません。
続く歌詞はわかりやすい。「ここから抜け出さなきゃ」を叶えるためにはしゃがまないといけない。このしゃがむっていうのがネガティブななにかなんでしょうね。多分部屋を掃除するとか、「変わりたくない臆病な気持ち」と向き合う作業。それをして高く飛んで、ようやく自分を好きになれる。

どろんーMVより

どろんのMVは全員が焦燥感にかられているかのよう。余裕がある人は誰もいない。ただただ苦しみながら進んむだけ。

明日を信じてみませんか
なんて綺麗事を並べたって
無情に回り続ける社会
無駄なもんは切り捨てられるんだ

大義名分のお通りだ
この通り不条理まかり通り
知らずのうち葬られようが
後には引けやしないんだ

サビはまた悲観的というか、孤独感、エゴが強い。綺麗事並べても、コースアウトしたら終わりだし、早く進むには前を歩くやつを蹴落とさないといけない。そんなことを繰り返しているうち、もう引き返せない。なんかおかしいと思いながらも、蹴落としながらレールを進み続けるしかない。
その前のBメロではネガティブな部分と向き合って飛び出そうとしているのに、それらを「綺麗事」「大義名分」と言い捨てる。

昔、アドラー心理学の「嫌われる勇気」を読んで、その中に「変われないのは、変わらないという選択をしているから」みたいなところがあるんですが、まさにそんな感じ。変わらないといけないと頭では思いつつも、そういうものに言い訳してこれまで通りの人生を続けてる。
話は変わりますけど、「嫌われる勇気」おすすめです。人生観が変わる本。で、読みやすい。いろんな本を読んできたけど、この本を読んでから読めばよかったなという本もいっぱいある。成功哲学とか人生論とかの本読んでると「そんなうまくいくかよ」って突っ込みたくなることあると思うんですけど、「嫌われる勇気」読んでからそういう感覚も無くなりました。

どろんーMVより

どろんのMVのピカソ的世界観。よくわからんが、歌詞が表す空気感はなんとなく伝わる。

話を戻して、続き。

駅前を流れる
人々を眺めてる
大都会
他愛のない
会話さえ
やけに煩わしくて

ここはどこ、私は誰
継ぎ接ぎだらけの記憶の影
煌めく宴とは無関係な
日常へ吸い込まれ、おやすみ

焦燥感のある音ともに歌われるCメロ。この曲を印象付ける一番重要な部分。
これまでの解釈を続けるなら、人を蹴落として進み続けて行き着いた場所、みたいな感じでしょうか。コースアウトしないように人生のレールを進み続けてきたのに、そんな苦労もしていなさそうな奴らが鬱陶しい。何処かにたどり着けると思って、正しさとか考えず、綺麗事や大義名分に惑わされず進み続けてきたのに、自分というものがわからなくなった孤独感。

哲学的というか、よくできた小説のよう。人の何倍も苦労して人生のレースに勝ち続けて、行き着いた先は家族も友達も仲間もいない孤独感。コースアウトしないように他人のモノサシを基準に生きてきた結果、自分が何者かわからなくなった。

いつだって期限付きなんだ
何処までも蚊帳の外なんだ
血走って噛み付いた
味方は何処にいるんだ?

今日だって
傷を舐めあって
面の皮取り繕って
居場所を守ってるんだ
あなたの事を待ってるんだ

明日を信じてみませんか
なんて綺麗事を並べたって
無情に回り続ける社会
無駄なもんは切り捨てられるんだ

大義名分のお通りだ
この通り不条理まかり通り
知らずのうち葬られようが
後には引けやしないんだ

最後のサビはこれまで前サビと同じ。
いろんなことに悩みながらも前に進み続けてきて、たどり着いた先でまた孤独感を味わって、やっと終われると思って「おやすみ」
でもまたこれまでと同じように、無駄なものは切り捨てられる社会、後に引けない社会の中で、前に進み続けている。

3分ほどの曲ですが、一昔前にアニメとかで流行った輪廻転生もののよう。自分の人生について見返して変えようと思っても変わらなくて、もうこのままいくしかない、行き着いた先には何かがあると思って進み続けて、行き着いた先で真っ白になってリセット。また繰り返し。

「どろん」できてないじゃん。

「Teenager Forever」はまた次回

今日は「どろん」と「Teenager Forever」の2曲を紹介すると宣言しておきながら、今日はここらへんで。King Gnuの曲疲れるんですよね。気軽に何時間もBGMとして流すような曲じゃない。
多分この記事はしっかり読んでも10分かからないと思いますけど、僕はもう4時間くらいこのネガティブでどうしようもない曲を聴き続けています。疲れますし、文字数カウントしてみたら8000文字近い。「白日」は8000文字くらい書いて流石に書きすぎだと思いましたけど、「どろん」も同じくらい書いてしまいました。

ということで、今日はここまで。「どろん」の曲の中で、主人公?は結局どうしようもない人生からどろんできませんでしたが、僕はこの記事を書くという作業から「どろん」します。

また暇な時に「Teenager Forever」とか他の曲聴くのでお楽しみに。