「もうええわ」解説|藤井風の圧倒的な精神性に1曲で満腹

「もうええわ」解説|藤井風の圧倒的な精神性に1曲で満腹リスナー向け

どうも、ヤスイです。
今年2月に藤井風についての記事を書きました。その頃はまだ1曲しかリリースしてなくて、まあ面白い新人アーティストが出てきたな程度に考えてました。で、その記事で僕は「何なんw」という曲を青海苔の曲とか適当なこと書いてたんですが、久しぶりに藤井風のYouTubeをみてみたら、かなり売れてるみたい。
「何なんw」を今年1月24日に公開してから、「もうええわ」「優しさ」「キリがないから」をリリース。それぞれにトーク動画までつけてる。再生回数に至っては「何なんw」が300万、他も100万、200万越え。

しかし、カバー曲などを初めてアップロードしたのが10年前。サングラスをかけた生意気な少年が弾くコブクロのピアノ曲。当時12歳くらい。それから何十曲とカバー曲をアップロードしてきたとはいえ、今年1月に初めて投稿した「何なんw」が大ヒット。それからたった4曲。それでJ-POPを変えてしまった。

これが藤井風のYouTubeアカウントに投稿された最初の動画。うまいしすごい表現力だとはおもうけど、正直、ピアノのコンクールとかいったらもっとうまい人はいっぱいいるし、当時はYouTubeとかニコ動でのカバーが流行ってた頃で、もっとすごい人もいっぱいいた。
まあ、当時の年齢とかを考えるとすごいんでしょう。

ちなみに僕も12歳くらいの頃はピアノを習っていたが、まあ真面目にやるわけでもなく、バイエルをすごいスローテンポで進めていた。
今思えばもっとちゃんとピアノ習っておけばよかったなと本気で後悔してる。ギターやってて思うのは、ピアノに比べると楽器としての完成度が圧倒的に低い。ギターできてもピアノは弾けないけど、ピアノが弾けたら大体の楽器には対応できる。それくらい完成された楽器だと思う。

それはどうでもよくて、先週買ったMUSICAに藤井風が取り上げられていました。
「星野源が決定的な狼煙を上げ、official髭男dismの大躍進によってつながれたバトンを受け継ぐべき存在」とか「未知の音楽宇宙がそのままシーンを飲み込んでいくように見えて、畏怖すら覚えた」とか書かれている。

友人から教えてもらって、へえ〜面白いな〜くらいに考えてたんですが、これは本当に2020年を代表するアーティストになるかもしれない。
まだ22歳。どんな感性しているのか、「何なんw」を聴いただけで大体想像できますが、ここまで注目されていて1曲しか聴いてないのももったいない。
ということで聴いてみました。

あんまり期待しないでください。割とラフに聴いて、ラフに解説したいと思います。

「もうええわ」曲・歌詞・映像を読む

どこかで聴いたことがあるようなオルガンのメロディで始まる。Aメロの入りがたまらない。そこからの展開、歌詞、これは惹かれるのも納得。
Aメロ、Bメロの歌詞とメロディは感動的でさえあるのに対して、「もうええわ」で始まる若干気の抜けたサビ。すごいセンス。

勝手なイメージだけど、藤井風はピカソに「下手くそ」、サンチェス・コタンに対して「写真でええやん」とか平気で言いそう。彼が実際どういう感性なのかは知らないからあくまで例。ただ、過去の権威とか、周りの評価とかに一切影響されず、自分の感性だけを信じる。そんな人な気がする。

誰でもそうだけど、デビュー曲っていい曲なんですよ。だってそれまで溜めていた大量の作品から、デビューにふさわしい1曲を選ぶわけだから。
そういう意味で、「何なんw」はまあ納得。尖ってるし、新しい風を感じる。デビューにはふさわしい。正直、曲調はそんなに好みじゃないけれど、藤井風というアーティストに興味を持つ十分な理由になる1曲。

その点、「もうええわ」は衝撃。溜め込んで選ばれたデビュー曲に対して、2曲目は大体劣る。ところがこの曲、1曲目を超えてきてる。しかもちゃんと藤井風。2曲しか聴いてないのに、これぞ藤井風と勝手に思ってしまう。
それでいて、「何なんw」と似ているわけでもない。「もうええわ」という大胆なタイトルに対し、感動的なまでにメロウ。

歌詞とメロディと映像

世の中、いろんな曲があるけれど、これほど歌詞とメロディ、映像、それからバックの音が噛み合っている曲も珍しい。コードはセブンスとマイナーセブンスが中心と思います。聴いている感じ、そこまで特殊なコードワークをしているようには聴こえない。
ドラムのビートも基本的。と思ってたんですが、何やら不思議なノリ。16分のハイハットが基本なんですが、3拍目が抜けてる。小洒落てる。
シンセとかの感じも、んーあんまりよくわからないですけど、複雑なこと、難しいことをしているというより、ドラムみたいに小洒落たあそびを入れている感じ。

ただギタリストでありながら、「もうええわ」のサビのギターはよくわからない。2本のギターが絡んでるんだと思いますけど、単音のミュートと、コードワーク、音の伸ばし方、めちゃくちゃ複雑。頑張ってギターだけを聴こうとすると複雑なのに、全体で聴くとほとんど意識しない。

そういう単純さに小洒落たあそびを紛れさせたりとか、謎にギターを絡ませたりとか、そういうそれぞれが絡んで一つの曲になっていて、壮大で感動的でありながら、ちょっと気の抜けた雰囲気がある。
すごいなあ、こういうギターが弾きたいとは全く思わないけれど、勉強にはなる。

ということで歌詞。「何なんw」でもそうでしたが、この人は歌詞が独特。「何なんw」は正直理解の範疇を超えていたけど、この曲はミュージックビデオの映像と一体化してる。

さぁ羽のばして ここから
捉われてばっか だったから
行き詰った悦び手放す時は今
心軽くして これから
自由に歩いて みたいなら
すれ違った人だって過去だって怖くない

ミュージックビデオではゴミが捨てられた高架下で、ホームレスとかと一緒にいる。キーボードを弾きながら「さぁ羽のばして ここから 捉われてばっか だったから」と始まる。一方、「行き詰った悦び手放す時は今」と歌う部分から、人混みをやさぐれて歩く藤井風。
この対比。囚われているのはどっちの藤井風か、どちらでもなく道ゆく人たちや隣にいるホームレスに向かって歌っているのか。

個人的な解釈としては、人混みの中にいる藤井風に歌っていると思う。「自由に歩いて みたいなら」と言いつつ、道ゆく人とぶつかる。「心軽くして これから」と言いながら、他人を気にしなけりゃ真っ直ぐ歩くこともできない。
ミュージックビデオに最初に登場するのはホームレスの隣で歌う藤井風だけど、街中、人混みの中を歩いて、そこから自由になるためにたどり着いた場所が、この高架下、そんなストーリーが浮かぶ。

みんな 先が見えない夜道を
共に 迷い歩く夜更け時
うつむかないで 怯えないで
閉ざした扉 叩いて

ミュージックビデオでは使い古されたシーン。スクランブル交差点で歌う。「みんな 先が見えない夜道を 共に 迷い歩く夜更け時」は多分、歩く人々に対して歌っている。
その次、「うつむかないで」のキーの上がり方が気持ちいい。思ってたよりももうちょっとだけ上がる感じ。

スクランブル交差点はいろんなミュージックビデオで使われているけれど、ここまで絵になるのは高橋優の「誰がために鐘は鳴る」くらいしか知らない。

もうええわ 言われる前に先に言わして
もうええわ やれるだけやって後は任して
もうええわ 自由になるわ
泣くくらいじゃったら笑ったるわ アハハ・・・

そしてこのサビ。ホームレスが歌う「もうええわ」に対して、藤井風が応えていく。Aメロ、Bメロは重く、深く、感じいる歌詞なのに対して、全部を投げ出して「もうええわ」。
この部分を歌うのはホームレスとその隣にいる藤井風。やっぱり前半部分の歌詞は人混みを歩く藤井風に対して歌ってて、そこから抜け出したところにいるのがこのホームレスたち、という解釈でいいんだろうか。まあ曲の解釈なんて、正誤も良し悪しもないので、僕はそう思うことにします。
ホームレスという存在を、自由、開放の対象として歌う。音楽の世界では決して珍しい視点ではないと思うんですが、なんでしょうね、この腑に落ちた感。

傷口はいつかカサブタ
すぐ剥がれ落ちてサヨナラ
心だってそんな風に癒えたらいいのにな
巻き込まんとって泥沼
意味もなくただ傷付けられそして傷付け
繰り返すだけ

これもイメージしやすい。以前、「何なんw」の解説はかなり苦労した記憶があって読み返してみたら、徹底して青海苔のことばっかり書いてましたね。今ならもうちょっとマシな解釈ができる気もしますが、「もうええわ」という曲、「何なんw」に比べるとかなり理解しやすいです。
「何なんw」では映像と音楽を歌詞が思いっきり裏切るという異常さを見せてくれましたが、「もうええわ」は映像と音楽と歌詞が一体となっているので、僕のような凡人にも理解しやすい。「何なんw」を初めて聴いたときはどんな感情になっていいのか全くわからんかった。

途中から犬が出てくるんですが、「巻き込まんとって泥沼」以降の歌詞は犬から(映像的に犬になってるだけで実際はまた違う視点なんでしょうが)の言葉ですかね。都会の犬。飼われているわけでもなさそう。この曲の中では、ホームレス側の存在なんだと思います。
そんな存在からしたら、人間同士のやり取りは「巻き込まんとって泥沼」という感じなんでしょう。

ぬけた 阿呆なゲームいちぬけた
夜が 冷めた風に吹かれてた
ふらつかないで 踏みしめて
内なる風に吹かれて

いやあ、この感性。惚れ惚れします。このグッとくるメロディに「ぬけた 阿呆なゲームいちぬけた」という気の抜けた歌詞。似たようなことを表現する歌詞なんていくらでも思いつくだろうに、この言葉をチョイスするあたり、「何なんw」で感じとった藤井風そのもの。

もうええわ 言われる前に先に言わして
もうええわ 付き合ってあげれんでごめんね
もうええわ 自由になるわ
泣くくらいじゃったら笑ったるわ

いい、映像との絡みという意味では、1番よりいい。1番ではホームレスとそっち側の藤井風が歌ってたサビを、人混みを歩いてた方の藤井風(ややこしいな)がサビを歌う。
「付き合ってあげれんでごめんね」という言葉は酷く侮蔑的にも聴こえる。多分これ「先が見えない夜道を共に迷い歩く」みんなに対して歌ってる。
「すまんねー君らに付き合ってやれんで、ワシは自由になりますー」的な感じか。

夜が更けて 朝の光が顔を出して

一節だけのCメロ。ここからの藤井風は楽しそう。で、犬と出会う。犬と一緒に、ホームレスたちがいた場所で歌う。

もうええわ 甘い夢ばっか見させんといて
もうええわ 要らんことばっか聞かせんといて
もうええわ 手放したいもの今全て この空に捨てて

この歌詞もグッときますね。僕は3年半ほど前に地元滋賀から大阪に出てきました。一方、藤井風は岡山から東京へ。全然スケールが違うけれど、近い感覚は感じているのかもしれませんね。
田舎から都会に来ると、とにかく人と会う数が増える。しかしながら数年単位で付き合う人とは滅多に出会わない。いい加減なことばっかりいう奴がとにかく多い。
上京、と言わずとも地元から都会に出てきた人間が感じるであろうことを歌ってる。

つまりこれは藤井風の上京ソングか。都会に出てきて、いい加減な人間ばっかりいることに呆れて、そこから自由になろうとしている。1番の歌詞も、映像もそう考えるとしっくりくる。

もうええわ 何が大切なん?よう選んで
もうええわ そう思うならサッサ手放して
もうええわ 自由になるわ
泣くくらいじゃったら笑ったるわ アハハ・・・

ラスサビ。この少し前から、白黒の映像に色が付きだして、夜が明けて、ホームレスモードの藤井風になったところでフルカラー。うん、やっぱりこの曲、都会の中でしがらみとか息苦しさとかを感じている中、自由や開放を求めて歩き進む物語。
「何が大切なん?よう選んで」「そう思うならサッサ手放して」は昨日までの自分か、街中ですれ違った人々に向けて。都会に住むと大切なものが増えすぎる、と言いますからね。

この部分を聴いて、吉田修一の「怒り」という作品を思い出しました。映画も何度か観ましたが、なかなかに胸糞が悪い話。それでありながら、人を信じる難しさと、それ以上の素晴らしさを教えてくれる作品です。
この中で、登場人物の一人「優馬」の母が「本当に大切なものは増えるんじゃなくて、減っていく」みたいなことをいうんですが、まさに。

都会に住んで忙しくしていると、どんどん大切なものが増えて、何が大切かわからなくなってくる。でも本当に大切なものってそんなにぽんぽん出てくるわけでもないし、全部を大切にできるわけでもない。何を大切にするのかはちゃんと選ばないといけない。

まさか藤井風と「怒り」が通じるとは。もう一度小説読もうかな。
素晴らしい作品なので、読んでない方はぜひ。

“もうええわ”って何なん|藤井風本人解説

「何なんw」を解説したときは、青海苔が頭から離れず、後半は本人解説を元に紹介しましたが、「もうええわ」も本人解説があったので紹介。

僕の解釈は概ね遠からずといった感じ。藤井風はこの曲を「人生における全ての重荷の放棄」「人生のあらゆる執着からの開放」を歌った曲と表現しています。似たようなことを僕も感じ取りましたが、まさか「もうええわ」という一言にそこまでの人生哲学が込められているとは。
で、ホームレスという存在が表しているのは「放棄」と「解放」。だからホームレスの方がどことなく楽しげだったんですね。ずっと白黒だった映像が、ラスサビ前、歌詞でいうと「もうええわ 何が大切なん?よう選んで」らへんから少しづつ色づいてきて、ラスサビから完全に色がでるという繊細な演出も、ちゃんと意味があったんですね。白黒の世界が、開放に向かって少しづつ色づいていく。

22歳にしてどんな経験を積んできたんでしょうね。部屋を見る限り、本とウイスキーが好きそう。それも軽い本じゃなくて、かなり重いやつ。どんな本読んでるのか知りたいですね。メールしたら返してくれるかな。

「この世において何が大切かに気づくまでは囚人みたいなもの」と言っていますが、22歳でどうやってその域に達したんだ。比叡山で千日回峰行でも積んだんですかね。

千日回峰行•••比叡山で行われる975日間に及ぶ修行。途中でやめたくなったら自害するしかなく、修行者は死装束をきて首吊り用の紐と切腹するための短剣と、遺体が発見されたときの処理費用の10万円を持って臨む。

千日回峰行の話は冗談として、22歳の上京したての男が「愛を選び執着を捨てれば全てはうまくいく」とか悟ったことを言うんだから尋常じゃない。

で、この本人解説の最後には番の終わりに隠しメッセージを残していて、それは「人は体への執着を手放した時に初めて生死のサイクルから解放される」ということだ、と言っています。
スティーブ・ジョブズでも22歳の時にはそこまで悟ってなかっただろうことに気付き、自分の作品の中に埋め込むなんて。Wikipediaの情報が少なすぎる。もっと藤井風個人の成り立ちが知りたい。

で、まあ肝心なのは1番の終わり頃にある隠しメッセージがなんなのか、ということです。

これですが、わかりませんでした。
確かに1番のサビ「アハハ」のところで何かゴニョゴニョ言っているんですが、何を言っているのかは不明。本当にその部分なのかも不明。ひょっとしたら映像の中に何か隠されているのかもしれない。何回かみたんですが、不明。
わかる人、教えてください。僕のTwitterにDMとかで。

ほんとにこいつ22歳か|次回は「優しさ」「キリがないから」を

さて、今日は藤井風をラフに聴いて、「もうええわ」「優しさ」「キリがないから」を解説してみようかなと思ったんですが、予想以上に「もうええわ」が深かった。
精神性が高く、スピリチュアルで。本人解説は余計な解説が付け加えられないくらい深いことを言ってた。仏教では愛も執着と言われるから、仏教ではないんでしょうけど、なんらかの宗教性みたいなものまで感じる。

彼の歌を本当の意味で理解しようと思うと、精神性や哲学、人生観、宗教観まで学ぶ必要がありそうですね。

恐ろしいのはそれを歌っているのが22歳の若者だということ。僕も宗教とか哲学とかは好きでいろいろ本読んだりしてますけど、それを自分の中に落とし込んで作品に仕上げるにはあと20年はかかる。
それを22歳でやってるんだから末恐ろしい。

というか本当に22歳なんですかね。僕は今26歳なんですけど、まあ年下には見えません。曲の内容とか活動とかもそうですけど、それ以上に見た目が笑。「何なんw」では大人びた若者というイメージでしたが、「もうええわ」では34歳くらいに見える。
まあそれだけ深く濃い人生を歩んでいるということですかね。

藤井風、はっきり言って、音楽的には好みではない。ただ、必ず「優しさ」「キリがないから」も聴き込んで記事にしたいし、機会があればライブにも行きたい。会って話す機会がもしあれば絶対に逃したくない。

MUSICAでは「星野源が決定的な狼煙を上げ、official髭男dismの大躍進によってつながれたバトンを受け継ぐべき存在」とか書かれてたけど、それどころじゃないでしょ。彼らの作った道の延長線上にいるアーティストではない。もっと異質で、先人の道を続けているのではなく自分の道を切り開いていくタイプだと思う。

さて、僕が今迷っているのは、藤井風のアルバム「HELP EVER HURT NEVER」を買うか否か。欲しい気もするが、Amazonプライムミュージックのヘビーユーザーとして、生半可な気持ちでCDは買えない。もう少し迷ってから買うか判断します。
ちなみに、「HELP EVER HURT NEVER」というタイトル。意味は「いつも助け、決して傷つけない」。デビューアルバムでにしては意図が深すぎるだろうと思う反面、デビューアルバムだからこそのタイトルとも言える。

それではまた次回。

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